今日もナナメ上を行く

好きな街がある理由、何度も旅する理由。

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わたしには好きな街がある。
その一つが名古屋だ。今回は1週間ほど滞在した。

何回も訪れたことがあるので、観光地っぽいところはあまり行かず、地元の人たちと一緒に地元っぽいところに遊びに行き、地元のスーパーで食料を買い、酒を飲み、地元のチェーン店でラーメンをすすった。

何もない、ないものはない

名古屋の人たちは自虐気味に「名古屋には何もない」とか「東京や大阪の人は名古屋をすっ飛ばして遊びに来ない」なんてことを言う。

住みやすいし食べ物も美味しいし、道も広く都心部でも公園が整備されていて緑が多い。
個人的にはそうだと思っているのだが、似た都市構造の札幌が観光地として盛り上がっているのに比べると意外に思えた。

車の運転は荒い印象があるのは事実だが基本的に出会った人はみな優しかった。名古屋にあるものは全部東京にもある。

その逆はほとんどない。それは事実なのだけど、別に東京にしかないものをそんなに求めているかと言われればそうでもない。

「何もない」ということを言われて思い浮かべたのが「ないものはない」という言葉だ。
よく地方というか田舎のことを表現するときに使う言葉だが、これには2つの意味がある。
ないものは、ないというある種の開き直りと、ないものなんてない、つまりなんでもあるぞ!という意味だ。後者を聞くと???ってなるが、これは可能性とかポテンシャルの話だとわたしは解釈している。

何もないことはなんだってできる明るい可能性を秘めている。誰かに作られたり一方的に与えられたものだらけの環境よりも、自ら新しい何かを作り出していく方が、わたしは好きだ。
だから「何もない」名古屋が好きなのかもしれない。なんでもあるような街より何もない街の方が好きだ。

結局は人だ

いろいろ書いたが、結局のところ、その街を好きになるかどうかは、出会った人によるところが大きい。

知らない街で出会った人との思い出がステキなものなら、きっとその街のことも好きになる。また行こう、と思えるのはその人たちに会いたいからだ。

観光名所なんて一回行けば充分だけど、会いたい人には何回も会って話をしたいよね。

目に見えるものだけが全てじゃない

そうやって人に会いに行くたびに、さらに好きになる街がある。わたしにとってそれが名古屋だ。

実家がある関西からも、いま住んでいる東京からも行きやすい位置にあること、友人がいたこと、理由はそれで十分だ。

名古屋に初めて行ったのが大学生のとき。自発的に友人たちと計画した、はじめての遠出だった。
それから院生、社会人と時間が経っても定期的に名古屋に来ていた。明確な理由はないけれど、友人に会いたくなったからとか、なんとなく旅に出たくなったからとか、そんな感じだった。

ふと思ったのだが、観光名所でもなく、名物でもなく、自分が必要としていたのは過去の自分に会うことだったのかもしれない。

何回も何回も訪れるとその分だけ思い出が増えていく。行けば新しい思い出もできるし過去の思い出を思い出す(なんだか変な字面だ・・・笑)こともできる。なんだか一粒で二度美味しい感じだ。

過去の自分の足跡を今の自分が辿ってみて、思い出すこと思い浮かぶこと。
それら全部が自分にとってはかけがえのないもので、その思い出をくれる街ごと好きになってしまうのであった。

おしまい
最後までお読みいただきありがとうございました!!

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