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今日もみなさんの斜め上から自分を戒めています。

コミュニケーションをあきらめていた右脳人間のちょっと悲しい話

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コミュニケーションをあきらめていた右脳人間のちょっと悲しい話

「この人とはなんだか話が噛み合わない」と思うことってありませんか?わたしは結構あります。

性格とか生まれ育った環境とかで違うのかなと思っていましたが、どうやら他にも大きな要因があるようです。

そして、話が噛み合わない経験が積み重なると、「コミュニケーションをあきらめる」ようになってしまいます

今日はコミュニケーションをあきらめたこともあきらめられたこともあるわたしが知って、生きやすくなった、コミュニケーションの取り方の違いについて書こうと思います。

 

利き手ならぬ利き脳の存在

先日とあるワークをやってわかったことがあります。わたしは「とてつもなく右脳型」だそうです。

右脳型の人間というのはイメージ優位で、言葉で論理的に説明するのが苦手な人種です

まさにそうです。論理的ではないよなあ…と思ってはいましたが、それはそれはもう右脳優位らしく、直感で判断し熟考は苦手だし、ものごとを筋道立てて説明なんてできません。無理ィっ!!

 

ちなみに、「とあるワーク」というのはレゴ シリアスプレイというものです。

お題を与えられ、決められた時間でレゴで形を作り、どういう意図で表現したのかなどを説明します。

おもちゃやんw、って思ってたのですが、本当に「戦略を形にする」し、自分の心の中身やコミュニケーションの取り方を丸裸にされてしまいましたww

 

利き脳でこんなに違うことに驚いた

そしてこのワーク、5人ほどでやっていたのですが、右脳優位なのはわたしだけで、他のメンバーはかなり左脳優位なのが3人、バランスがいい両脳派が1人いました。

右脳人間なわたしは、感情の赴くままに手を動かして形を作るのはすぐできるし、イメージしたものをすぐに形にすることはできたのですが、作ったものについて説明することが絶望的にヘタクソでした

「えっと…これはXXでー、ここはXXXなんですけどぉ、、、、あっ、えっとあとゴニョゴニョ・・・・・」みたいな感じで的を得ません。グダグダです。

グダグダな話し方をしている自分が恥ずかしくてみっともなくてますますグダグダな話し方になるくらいグダグダで、聞いている皆様に大変申し訳ないと思ってしまいました。

 

反対に左脳人間は、レゴのブロックの色もきっちりそろえるし、形もシンメトリーです。右脳人間的には色とか角を揃えるなんて発想は全く持ち合わせていませんでしたw

そして、説明はめちゃくちゃスムーズです。「まずXXです。次にXXXで、最後にXXXXなんです。」という感じに流れるようにスイスイ耳に入ってきます。

 

両脳派だと、2つにいいとこどりが見事にできてしまうのです。右脳的なクリエイティブな自由な形も作りつつ、それについての説明も論理的でスムーズ。「ずるい」のひとことしか言えません。

 

「わかってほしい」という叫び、「どうせ通じない」というあきらめ

さて、ここからが本題なのです。わたしは、ときどき、いやしょっちゅう「なんか話が噛み合わないなあ」と思うことがあります

「え?」とか「よくわからない」とか「ちゃんと説明して」とかよく言われます。わたしはシステムエンジニア(SE)という職業なので、周りには左脳優位の論理マンだらけです。

そのため、本当に!!毎日そんな感じのことを言われます。(ワーク中も、よくSEやってるね…!と言われましたww自分でもよくやってるなあと思いますw)

※さすがに日常的にそういう目に遭っているので、口頭で話す前に文書にして整理するとか図で説明するなどして対処しています。

 

仕事だから頑張ってコミュニケーションをとらざるを得ないのですが・・・これがもしプライベートで「え?」とか「ちゃんと説明して」とか言われたらめちゃくちゃ面倒くさいじゃないですか?

「お前なんかと話しても無駄だ」「わからないやつにはわからなくていい」ってなっちゃうんです。少なくともわたしはそうです。相手もしんどいだろうし、無理してコミュニケーションとる必要なんてないよなあ、と思ってしまうのです。

わたしのような右脳人間は、生きていて会話が通じない、うまくいかない場合が普通の人(左脳優位の人)に比べてずっとずっと多かったです。

伝わらない悲しさとか理解してもらえない寂しさが積もり積もった結果、気が付けばわたしは「コミュニケーションをあきらめる」ようになっていました。

 

また、人数が多い会議とか飲み会がものすごく苦手なのですが、これも話す人が大勢いると、どうしても「端的に話さなくてはいけない」という圧力が場を支配してしまって、

ただでさえスムーズに話せないわたしのような人間は地獄を見る羽目になるので、結局話したくても黙ってしまうということがかなりあります。

 

実は、最近まで自分でもあまり自覚がありませんでした。「わからないやつにはわからなくていい」という気持ちが、コミュニケーションをあきらめているということだったことに気づいていませんでした

改めて人に言語化してもらって、自分では言語化できずに漠然とした違和感に気づき、自分がコミュニケーションをあきらめていたことをようやく自覚しました。

 

わかってくれる人はちゃんといる。気づけてよかった

「わたしはコミュニケーションをあきらめていた」

そうわかった瞬間、なんだか涙が出てきました。

話が噛み合わないからといって、そっぽを向いて歩み寄ることを拒絶していたのは他ならぬ自分自身でした。

「そりゃわかってもらえないままだよなあ」と、すごく納得できました。

 

ワーク中に「わたしは右脳人間で、うまく言葉で説明することができない」ということが明らかになり、その事実をその場にいる全員と共有できたことで、

それ以降は、依然として俄然ヘタクソでしたがw、話しやすくなりました。

「うまく話せない」とわかっているから、わたしが言葉を納得いくまで出し切るまでずっと待ってくれるようになりました。

「うまく話せないんですけど・・・」って言ったら「うん知ってる」って言われ、「うまく話そうとしなくていいから!」って言われました。

小さなことかもしれませんが、ものすごく嬉しかった。

 

今回はワークの中なので、スムーズにそういう雰囲気が形成されましたが、「うまく話せなくても、わかろうとしてくれる人がちゃんといる」ということに気づけて本当によかったです

 

あきらめちゃいけない。わかってくれる人は必ずいて、それは自分自身が思っている以上にたくさんいるということに気づかないでいました。

ただ、たまたま運悪く、わかってくれない人ばかりに囲まれてしまうと地獄です。それもまた事実です。でもただそれだけなのです。

周りの人とあまりにもコミュニケーションがうまくいかなかったら、そこから離れて、わかろうとしてくれる人の近くに行った方が幸せだよな、ということです。