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帰省時の実家は非日常なのか日常なのか

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実家でごろごろしてます

お正月実家でごろごろしてる人もそうでない人もこんばんはー。帰省して実家で粛々とブログ更新中のさんしちです。
今日は、ふと思ったことを記事にしてみます。

以前、日常と非日常を分けるスイッチのようなものは何なのかという話を書いたんですが、
たまーに帰る実家というのは普段の日常を過ごす場所とはちょっと違う非日常的な場所でもある一方で、
長い年月を過ごし、思い出がたくさん詰まった日常に近い場所でもあります。

果たして、実家は日常的空間なのか?はたまた非日常空間なのか?について考察してみようと思います!

 

変数1:滞在日数

実家の滞在日数が長くなればなるほど、非日常度が薄れ、日常度が増してきます
出される食事も、帰ってくるタイミングが盆暮れ正月である方が大半なので、ちょっとスペシャルな感じの食事だったのが、日数を重ねるにつれて、だんだんと簡素!質素!!な食事になってきた…ということはあなたも身に覚えがあるのはないでしょうか。

 

変数2:イベントの有無

お盆に帰ってくるならお墓参り、年末年始なら一緒に年越しそばやおせちを食べて初詣に行くという家庭がほとんどですよね。
そういったイベントがあると、やはり非日常感もある一方、どれも家族と一緒にするイベントばかりですよね。非日常でもあり日常でもあるのでしょう。・・・むむむ、なんだか妙な感じになってきましたw

 

変数3:自分が好きにできる時間の長短

実家にいて、いつもと同じように過ごしていたら、日常感は増すけれど、意外とそういう時間って少ないのではないのでしょうか?
上述したイベントがあったり、家族から何か掃除やら洗濯の手伝いをさせられたり、やたらめったら話しかけられたり・・・

自分が好きにする時間が少ないとやはり非日常感が勝つのではないでしょうか。

 

結論:実家は、日常空間にも非日常空間にもなる

「滞在日数」・「イベントの有無」・「自分が好きにできる時間の長短」の3つの要素次第で、実家は日常的空間にも非日常的空間にも変わりうるというのが結論です。
特に滞在日数は実家が日常空間に変化していく過程で見逃せない指標だと考えられます。
いったい何日目で、お客様モードから住人モードにシフトしていくのか。当然家庭によってこの結果はさまざまです。
で、結局何なのって話なんですが、「実家をどう捉えているのか」、という問題が関係していると考えています。

わたしたちが非日常を求めずにいられない理由

非日常空間では、日常空間とは違って、いつ危険が飛び込んでくるかわかりません。少なくとも予想が難しくなります。
そのため注意深くなるし、いろいろなものに対して神経を研ぎ澄ますようになります。
非日常空間では、日常生活で頭を悩ませるあんなことこんなことから離れて、違う環境にいます。
普段と違うところに飛び込み、危険があるかもしれないけれど、神経を研ぎ澄まして生きる。
これってなんだかとっても「生きている」という感じがしませんか?

現にあの岡本太郎もこんな名言を残しています。

「危険だ、という道は必ず自分の行きたい道なのだ。ほんとうはそっちに進みたいんだ。
危険だから生きる意味があるんだ。」

そう、危険な選択肢がなぜ魅力的なのかというと、それを選んだ方が「生きてる実感」を得られるからなのでしょう。
(って書くと安全な道じゃ生きてる感じがしないみたいに聞こえますが、それは個々人の解釈によるでしょう)

ちょっと脱線してしまいましたがw、実家という空間は日常空間の持つ安心感もあれば、旅先に来たような、ちょっとした非日常感もある、不思議な場所だといえます。両者のバランスが絶妙な空間なんですね。

実家をうまく活用して、Uターンラッシュも乗り越え、仕事始めも元気にがんばりましょう!!^0^

引用元の本はこちら↓です。
紹介した言葉以外にも、ハッとさせられる言葉がたくさんあるし、元気がでないとき読むとパワーをもらえます!!

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)

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