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人間関係を加点方式かつ自己中で考えれば幸せだったと気づいた話

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人間関係を加点方式かつ自己中で考えれば幸せだったと気づいた話

少しだけ後悔していることがあります。

好きだった人に、プレゼントをあげようと思っていました。
けれど自分の気持ちをアピールするのが恥ずかしくて結局できなかったのです。
「これはきっと相手の役に立つから、喜んでくれるはずだ」と思って選んだものだったから、気にしないであげればよかったと、後悔しています。

純粋に相手へ注ぐやさしさを自分のしょうもないエゴで無下にしてしまったのでした。

簡単な2択です。

いま、あなたの目の前にあなたの大好きな人がいたとして、
その人に何かしてあげたいとしましょう。

そのとき、あなたはどちらの考え方をするでしょうか。

A. こうしたらきっとこの人は喜んでくれるかな、この方がもっと喜んでくれるかな、
と「自分が何かすることで相手がプラスの気持ちになる」ように考える

B. こうしたら相手の迷惑になるかな、邪魔にならないかな、他の方法がいいかな…
と「自分が何かすることで相手がマイナスの気持ちになる」と考える

ちなみに、私は後者の考えをすることが多いです。。

ネガティブですね苦笑

加点方式と減点方式

前者はポジティブで、
相手の今の気持ちがプラマイゼロの状態だったら
気持ちをプラスの方向にする前提で考えているんですよね。
つまり加点方式

反対に後者の場合は、
ネガティブだし、気持ちがマイナスになる可能性を考えてしまっている、減点方式なんですね。

「誰か」の視点で物事を捉えていませんか?

そして、加点方式だと、相手の反応がどうだろうと気にするのではなく、自分の対応がいいか悪いかを気にしています

これって敢えて語弊を恐れない表現にすると、
自己満足的な考え方なのです。相手より自分に視点がありますよね。

この行動をすることで、私もハッピーになるし、あなたもハッピーになれる(可能性が高い)と考えています。

この「自分に視点がある状態」って、少し前に話題になった”嫌われる勇気“にも言及があるんですよねえ。

詳しい内容は、実際に読んでみるといいですが(会話方式で進んでいくのでマンガや小説を読む人なら全然読めますよ~^^)、

「他人の問題と自分の問題は全く別のもので、他人の問題を自分がどうこう考えても解決しようがないし、どうしようもない」ぐらいに思っていただければ!!

自分がどうこうあがいたって、それについて良い/悪いを判断するのは結局のところ相手なので、自分でコントロールできることではありません。

減点方式だと、相手の反応を意識しすぎて、反応が怖くて、
いわば自己保身に走ってしまっているのです。

だったら考えても仕方ないですよね。それで消耗してしまって、本来「相手のため」を想うやさしさや暖かい気持ちを台無しにしてしまうなんてとっても残念です。

それだったら、自分もハッピーになれて、相手もハッピーになれる考え方をして、行動したほうがいいじゃないですか。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました^^